栗原宏幸弁護士のnoteブログからのご紹介です。裁判所の文理解釈と趣旨解釈の妥当性に焦点を当てて、修論を書くこともできるでしょう。
本件は、英領バミューダ諸島で設立された保険業を行う外国子会社について、外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)の適用除外基準(当時)のうち、保険業に係る非関連者基準を満たすかどうかが争われた事件です。X社(日産自動車)は、保険業を営むバミューダ法人A社はタックスヘイブン対策税制の適用除外要件を満たすとして、A社の所得を合算せずに確定申告をしました。これに対し、課税庁が、A社は保険業に係る非関連者基準を満たさないとして、A社の所得をX社の益金の額に算入する課税処分を行ったため、X社が課税処分の取消しを求めて提訴しました。
日産自動車キャプティブ事件最高裁判決の概要と解説
1. 事案の概要
本件は、日産自動車が保有するバミューダ諸島の子会社(A社)が、タックスヘイブン対策税制の適用除外基準を満たすかどうかが争われたものです。この基準の中でも特に「非関連者基準」が問題となりました。
- 背景:日産自動車のグループ内で、A社は再保険業務を行い、メキシコの関連子会社(B社)が顧客に提供する保険の一部を引き受けていました。
- 争点:A社が得た保険料収入のうち、非関連者(B社の顧客)に由来する部分が、基準の要件を満たしているかどうか。具体的には、非関連者の財産や損害賠償責任を対象とする保険に該当するかが争われました。
2. 税務の論点
本件で重要なのは、**タックスヘイブン対策税制の「非関連者基準」**というルールです。この基準は、外国子会社が得る収益のうち、非関連者との取引による収益が50%以上である場合に、その子会社の所得を日本の親会社に合算しない、というものです。
- 課題:再保険契約が非関連者基準を満たすかどうかを判断する際、保険契約の「目的」が何かを解釈する必要がありました。
- X社(日産側)の主張:再保険の対象は非関連者(B社の顧客)の生命や身体に関連するリスクであり、基準を満たしている。
- 国税庁の主張:実際の保険の対象は関連者(B社)が保有する債権であり、基準を満たさない。
3. 一審・控訴審の判断
この問題は、一審(東京地裁)、控訴審(東京高裁)、そして最高裁まで争われました。
- 一審判決:東京地裁は国税庁の主張を支持し、A社の保険収益は非関連者基準を満たさないと判断しました。
- 控訴審判決:東京高裁は逆にX社の主張を認め、非関連者基準を満たしていると判断しました。控訴審は、非関連者基準における「保険の目的」を広く解釈し、非関連者の生命や身体に関連する保険リスクが対象であるとしました。
4. 最高裁の判断
最高裁(最判令和6年7月18日・裁判所ウェブサイト)は控訴審の判断を覆し、非関連者基準を満たさないと結論付けました。
- 解釈のポイント:
- 「保険の目的」とは、非関連者の財産や損害賠償責任に基づくリスクであるべきであり、A社の保険は実質的に関連者(B社)の財産に関わるリスクを対象としている。
- 再保険契約の実態が、非関連者基準を形式的に充足するために設計されている可能性を指摘し、このような租税回避行為を防ぐ必要があると判断しました。