本記事の紹介
🧾【家事調停の解決金に“税金”がかかる!?】
🏡 内縁関係の解消に伴い支払われた「共同生活関係終了に伴う解決金」――これが一時所得に該当するとして課税対象とされた国税不服審判所の令和4年10月19日裁決を紹介します。
💡 財産分与との違いは?
📊 解決金の法的性質は?
⚠️ どこからが“課税対象”になるのか?
財産分与の課税所得該当性や税制とプライバシー等を検討する際に有益な素材となる裁決です。
本件では、請求人が、家事調停の成立によって受領した「共同生活関係終了に伴う解決金」が課税所得を構成し、一時所得に該当するかが争われています。
請求人は、相手方に対し、内縁関係の解消を理由として、民法768条に規定する財産分与を請求する旨の家事調停を申し立てており、調停において、相手方は、請求人との関係につき、愛人関係あるいは同居関係であったとして、内縁関係にあったこと自体を争っています。
請求人は、内縁関係にあったことを前提として、本件解決金は、請求人と本件相手方との間において成立した財産分与調停事件の解決金であるから、その性質が財産分与であることは明らかであり、財産分与は共有財産の清算にすぎないため、本件解決金は課税所得を構成せず、一時所得には該当しないと主張しました。
国税不服審判所裁決令和4年10月19日は、本件解決金の法的性質は、請求人と本件相手方との間の種々の紛争の解決金であると認められ、財産分与に該当するということはできないとしたうえで、本件解決金は、請求人と本件相手方との間の種々の紛争の解決金として、本件調停により作成された本件調書に従い、一時金として支払われたもの であるため、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であり、かつ、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないと認められるなどとして、一時所得に該当すると判断しました。
主文
審査請求をいずれも棄却する。
理由
事実
(1)事案の概要
本件は、審査請求人、(以下「請求人」という。)が、家事調停の成立によって受領した「共同生活関係終了に伴う解決金」について所得として申告しなかったところ、原処分庁が、当該解決金は一時所得に該当するとして、所得税等の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、当該解決金は内縁関係の終了に基づく財産分与であり課税所得を構成しないとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。
(2) 関係法令
イ 所得税法第34条《一時所得〉)第1項は、一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所待以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう旨規定している。
ロ 民法第768条〈〈財産分与》第1項は、協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる旨規定している。
(3) 基礎事実
当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 請求人は、昭和63年5月から平成27年11月まで、???(以下「本件相手方jという。)と同居していた。なお、請求人が本件相手方と同居している間、本件相手方は???(以下「本件配偶者」という。)と婚姻関係にあった。
ロ 本件相手方は、平成27年11月末頃、請求人と同居していた???に所在する本件相手方名義のマンション「???」の???(以下「本件マンション」という。)を退去したが、請求人は、本件相手方が本件マンションを退去した後も、本件マンションで居住を続けてしヽた。
ハ 請求人は、本件相手方に対し、平成28年2月2日に、内縁関係の解消を理由として、民法第768条に規定する財産分与を請求する旨の家事調停(以下「本件調停」という。)を申し立てた。
二 本件調停において、本件相手方は、請求人との関係につき、愛人関係あるいは同居関係であったとして、内縁関係にあったこと自体を争った。
ホ 本件調停は、平成28年9月6日に要旨以下の内容で成立し、その旨記載された調停調書(以下「本件調書」という。)が作成された。
(イ)請求人と本件相手方は、昭和63年5月から平成27年11月末日までの共同生活関係が終了していることを相互に確認する。
(ロ)本件相手方は、請求人に対し、共同生活関係終了に伴う解決金として、3億9,480万円(以下「本件解決金」という。)を、次項(ハ)の本件マンションの明渡日から1週間以内に支払う。
(ハ)請求人は、本件相手方に対し、平成28年9月28日限り、本件マンションを明け渡す。
(二)請求人は、その保有する???(以下「本件会社」という。)の株式10,400株を、本日、総額520万円で本件会社の従業員に譲渡する。
(ホ)請求人と本件相手方は、調停条項に定めるもののほか、何らの債権債務がないことを相互に確認し、今後、慰謝料、財産分与、その他の名目のいかんを問わず財産上の請求をしない。
へ 本件会社は、??? の設立当初から、本件相手方が代表取締役を務めていた会社である。なお、本件相手方は、平成23年3月1日に本件会社の代表取締役を辞任し、同日、本件相手方と本件配偶者の子である???( 「本件子」という。)が本件会社の代表取締役に就任して、以後、???に、本件会社が に合併されるまで、同人が本件会社の代表取締役を務めていた。
卜 請求人は、本件相手方に対し、本件調書に基づいて本件マンションを明け渡し、 これを受けて、本件相手方は、平成28年10月4日に、請求人に対し、本件解決金を、本件調書において指定された口座に振り込んで支払った。
(4)審査請求に至る経緯
イ 請求人は、平成28年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等Jという。)こついて、確定申告書を???に提出しなかった。
ロ ???は、原処分庁所属の調査担当職員の調査に基づき、令和3年6月29日付で、平成28年分の所得税等について、別表の「決定処分等J欄のとおりの決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ハ 請求人は、本件決定処分及び本件賦課決定処分に不服があるとして、令和3年8月25日に再調査の請求をしたところ、再調査審理庁は、同年11月19日付で棄却の再調査決定をし、その決定書謄本は、同月24日に請求人に送達された。
二 請求人は、再調査決定を経た後の本件決定処分及ぴ本件賦課決定処分に不服があるとして、令和3年12月21日に審査請求をした。
争点
本件解決金は、課税所得を構成し、一時所得に該当するか否か。
当審判所の判断
(1) 法令解釈
所得税法は人の担税力を増加させる経済的利得は全て所得を構成するという包括的所得概念を採用しており、人の担税力を増加させる経済的利得は、その源泉、形式、合法性の有無を問わず、全て所得として把握するものとし、非課税とする趣旨の規定がない限り、これを課税対象としているものと解するのが相当である。
(2)認定事実
請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件相手方は、請求人と同居をしていた間も、本件配偶者に生活費を送金したり、本件配偶者の居住先に赴いたり、本件配偶者と連絡を取るなどしており、平成12年に本件配偶者の実母が死去した際には本件配偶者に付き添うなどし、平成16年には本件配偶者と共に別荘を訪れ、平成22年には本件配偶者の歯科治療費として300万円を本件配偶者に送金するなどしていた。また、本件配偶者の居住していた不動産は、本件相手方が所有するものであった。
ロ 本件相手方は、遅くとも昭和53年9月から平成16年10月まで、本件配偶者を本件会社の取締役に登用していた。本件相手方が平成23年に本件会社の代表取締役を辞任するに当たっては、本件配偶者の居住先において、本件会社の今後についての話合いが行われ、本件相手方の代表取締役辞任後、本件子が代表取締役に、本件配偶者が取締役にそれぞれ就任した。
ハ 本件相手方及び本件配偶者に離婚の意思はなく、両者の間で離婚の交渉が行われたことはなかった。
二 本件相手方は、平成27年11月末頃、請求人と同居していた本件マンションを退去し、本件配偶者との同居を再開した。
ホ 本件相手方は、請求人に対し、本件マンションの明渡しを求め、平成28年2月26日に、一に建物明渡請求訴訟を提起した。
ヘ 請求人は、本件相手方との同居解消までの間に、本件会社の株式を取得して、これを保有していたが、本件相手方は、これを買い戻すことを希望していたところ、当該株式の適正な買取価格を巡っては、本件会社の株式に関し作成された平成7年 3月14日付の念書に基づき、額面額どおり1株500円とすべきであるとする本件相手方と、平成27年頃にはその100倍から200倍の価値になっていたから、株式価値の大幅な上昇により当該念書は無効であり、時価で買い取るべきであるなどとする請求人との間で、見解が対立していた。
ト 本件相手方は、本件調停中である平成28年8月10日に、請求人に対し、本件調書に記載の本件解決金と同額の解決金を支払うことのほか、本件マンションを明け渡すこと、請求人が保有する本件会社の株式を持株会に額面額(1株500円)で譲渡することを含む調停案を提案し、この提案に合意しない場合は、調停での合意の見込みはない旨申し渡した。
なお、本件相手方は、当該解決金の額について、マ請求人との同居期間中に形成さ れた財産の額を確認した上で、それを基礎として算出することはしておらず、早期に請求人から本件マンションの明渡しを受け、本件マンションでの居住を再開することや、請求人が保有する本件会社の株式を買い戻し、本件子が代表取締役を務める本件会社の経営に支障を来さないようにすることなどを希望して、本件相手方が、本件調停を含む請求人との間の種々の問題を解決するために支払うことのできる金 額として当該解決金の額を決定し、これを請求人に提案しており、当該調停案の提案に際し、解決金の額の算定根拠や内訳の提示はしなかった。
また、本件相手方は、上記調停案の提案に当たり、本件会社の株式の譲渡につい くては、仮に高額で譲渡すれば、請求人が譲渡益について課税されてしまうなどとし て、額面額での譲渡を提案していた。
チ 請求人から、本件相手方に対し、上記卜で提案された解決金の額の算定根拠や内訳について問合せがされることはなく、また、請求人は、本件会社の株式の時価について、額面額を大幅に上回る金額との認識を有していたものの、同卜の調停案の提案を受け入れ、本件調書に記載のとおりの内容で本件調停が成立した。
(3) 検討
請求人は、本件解決金は財産分与であり、共有財産の清算にすぎないため課税所得を構成しない旨主張するので、本件解決金の法的性質等について、以下検討する。
イ 本件解決金の法的性質について
(イ)本件調書に基づき支払われた本件解決金がいかなる趣旨で支払われたものかについては、調停調書の文言の解釈によって定まるところ、その文言の解釈に当たっては、一般の法律解釈と同様に、文言とともにその解釈に資するべき他の事惰も参酌して当事者の真意を探求し、その権利義務の法的性質を判断する必要がある。
したがって、本件解決金の法的性質を判断するに当たっては、本件調書の文言とともに、その解釈に資するべき他の事情として本件調停の成立に至る経緯等を、参酌した上で判断することが必要である。
(ロ)まず、本件調書の文言についてみると・・・、本件調書には、本件解決金の支払の名目を「共同生活関係終了に伴う解決金」と定めているが、「共同生活関係終了に伴う」解決金とされているからといって、文言上、必ずしもこれが財産分与として合意されたものとは認められず、また、調停調書上は、いかなる性質の金員であっても、その名目を「解決金」等とすることは一般にみられることからすれば、本件調書における「共同生活関係終了に伴う解決金」という名目それ自体をもって当該金員の性質を確定することはできない。
(ハ)そこで、次に本件調停の経緯等について検討する。
A ・・・、本件調停は、請求人が本件相手方に対し、内縁関係の解消を理由として、民法第768条に規定する財産分与を請求して申し立てられたものであるが、・・・、本件相手方には請求人とは別に配偶者(本件配偶者)がおり、本件相手方は、本件調停において、請求人との関係につき、愛人関係あるいは同居関係であったと主張して、内縁関係にあったこと自体を争っていた。
そもそも内縁の中でも、法律上の配偶者がある場合に事実上の婚姻関係に入った、いわゆる重婚的内縁の場合に、財産分与の請求が認められ得るためには、一般の内縁より厳格な要件が必要というべきであり、少なくとも、法律婚が事実上永らく離婚状態にあって復活の見込みもなく、全く戸籍上形骸をとどめているにすぎないことが必要と解される。しかしながら、本件においては・・・、本件相手方は、請求人と同居していた間も、本件配偶者の生活費などを負担し、本件配偶者に居住先を提供していたにとどまらず、本件配偶者の居住先に赴いたり、連絡を取っていたほか、本件配偶者の実母が死去した際には本件配偶者に付き添い精神的な支えになり、共に旅行をしたり、自らが代表取締役を務める本件会社の取締役に本件配偶者を登用するなど、本件配偶者との密な関係を継続していたことが認められる。これは、・・・、本件相手方及び本件配偶者が、離婚の意思を持たずに婚姻を継続し、平成27年には同居を再開した事実とも合致する。これらの事情からすると、本件相手方と本件配偶者の婚姻関係が事実上永らく離婚状態にあって復活の見込みもなく、戸籍上形骸をとどめているにすぎないものとまではいえないから、請求人が財産分与を請求し得る立場にあることを当然の前提とはし難い状況にあったといえる。
B 他方で・・・、請求人が、本件相手方が本件マンションを退去した後も本件相手方が所有する本件マンションに居住を続けていたことから、本件相手方と請求人との間には、本件マンションの明渡しを巡って訴訟が係属し、さらに、・・・、請求人が本件会社の株式を保有していたことから、本件相手方は、本件子が代表取締役を務める本件会社の経営に支障を来さないようにするため、これを買い戻すことを希望していたが、請求人と本件相手方との間で、当該株式の適正な買取価格について認識の隔たりがあるなど、請求人と本件相手方は、本件調停のほかにも、関係の解消に当たって解決すべき種々の紛争を抱えていた。
C 上記A及びBのような状況の中で・・・、本件相手方は、これらの種々の紛争を本件調停において全て解決することを目指して、本件相手方が早期紛争解決のために支払うことのできる金額として解決金の額を算出し、解決金の支払とともに、本件マンションの明渡しや、本件会社の株式の額面額 での譲渡を含む調停案を請求人に提案し、請求人がこれをそのまま受け入れることにより本件調停が成立したものと認められる。
そして、当審判所の調査及び審理の結果によっても、本件調停の成立に至るまで、請求人と本{牛相手方との間で、両者の関係が内縁であったことや、請求人が財産分与を請求し得る立場にあることを前提とした話合いが行われていた形跡はなく、また、・・・、本件相手方は、本件解決金の額を、通常財産分与の分与額の決定の際に考慮される、同居期間中に形成された本件 相手方と請求人の財産の額を基磋とせずに算出しており、調停案の提示に際し、解決金の額の算定根拠や内訳を提示せず、請求人から、解決金の額の算定根拠や内訳について問合せをすることもなかった。
これらの事情を併せ考えると、本件調停自体は、請求人が本件相手方に対し、内縁の解消を理由とする財産分与を請求して申し立てられたものではあるが、 本件調停の成立に至るまでに検討されていたのは、財産分与の支払義務の前提 となる内縁関係の有無にかかわらず、請求人と本件相手方との間に生じていた種々の紛争をいかに解決するかということであり、本件解決金は、請求人と本件相手方の関係解消に当たって、これらの種々の紛争を一挙に解決するための、正に解決金として合意され、支払われたものとみるのが相当であり、これを財産分与として支払われたものとみることは困難である。
D 以上のことから、本件解決金の法的性質は、請求人と本件相手方との間の種々の紛争の解決金であると認められ、財産分与に該当するということはできない。そして、当審判所の調査及び審理の結果によっても、本件解決金が担税力を増加させる経済的利得に当たらないと認められるに足りる事情はなく、これを非課税とする趣旨の規定も存しない。よって、本件解決金は課税所得を構成する。
ロ 本件解決金の所得区分について
本件解決金は、・・・内訳もなく、その全額が一体として支払われたものであり、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得のいずれにも該当しない。また、本件解決金は・・・、請求人と本件相手方との間の種々の紛争の解決金として、本件調停により作成された本件調書に従い、一時金として支払われたもの であるため、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であり、かつ、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないと認められるため、所得税法第34条第1項に規定する一時所得に該当する。
(4)本件決定処分の適法性について
・・・本件解決金は一時所得に該当するから、これを前提に請求人の平成28年分の総所得金額及び納付すべき税額を計算すると、いずれも本件決定処分の金額と同額となる。
また、請求人は、本件決定処分のその他の部分について争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。したがって、本件決定処分は適法である。
(5)本件賦課決定処分の適法性について
・・・本件決定処分は適法であり、また、請求人には、期限内申告書 の提出がなかったことについて、国税通則法第66条〈(無申告加算税〉〉第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないので、本件賦課決定処分は適法である。
参考資料(ダウンロード可)
国税不服審判所令和4年10月19日 家事調停の成立によって受領した「共同生活関係終了に伴う解決金」が一時所得とされた事例.pdf