課税庁が、農業を営む個人である審査請求に対して、令和3年4月13日付で行った本件3課税期間(H26.1~12、H27.1~12、H28.1~12)の消費税等の各更正処分において、法定帳簿の保存があったことは認めるが、法定請求書等の保存がなかったとして、課税仕入れに係る支払対価の額の合計額が3万円以上の取引について仕入税額控除を認めなかった国税不服審判所裁決令和4年11月9日裁決事例集129集174頁の事案(インボイス制度導入前)を紹介します。

本件調査中の本件調査担当職員の発言や本件調査担当職員が提示した修正申告案は、法令に規定する調査結果を説明するためのものではないから、そこで仕入税額控除の適用を認めていたとしても、本件調査担当職員が法定請求書等の提示を受けていたことにはならないし、本件税理士に対して法定請求書等の保存について確認していなかったことにもならないことも確認されています。

仕入税額控除の要件と請求書等の保存のみで足りる場合

審判所は、本件3課税期間については、法定帳簿の保存があることを前提として消費税等の各更正処分が行われており、当該処分時において法定帳簿の保存があったと認めるのが相当であるから、仕入税額控除の適用を受けるためには、消費税法施行令第50条第1項ただし書、消費税法施行規則第15条の3、租税特別措置法第86条の4第1項及び租税特別措置法施行令第46条の2第2項の各規定のとおり、「法定請求書等について、その受領した日の属する課税期間に係る消費税等の確定申告書の法定申告期限の翌日から5年間保存すれば足りることとなる」とし、「請求人が本件3課税期間について法定請求書等の保存が必要な期間は、平成26年課税期間については令和2年3月31日まで、平成27年課税期間については令和3年3月31日まで、及び平成28年課税期間については令和4年3月31日までとなる」としました。

また、審判所は、帳簿と請求書の保存期間について、「消費税法基本通達11-6-7は、法定帳簿及び法定請求書等の保存期間のうち6年目及び7年目について、上記の規定により法定帳簿又は法定請求書等のいずれかを保存すればよい旨留意的に定めており、当審判所においても当該取扱いは相当である」としています。審判所は、この解釈に依拠して、後でみるとおり、平成26年課税期間の法定請求書等の保存を要しないという判断に行きついています。

審判所は、仕入れ税額控除の要件については、次のとおり述べています。

「消費税法第30条第7項が法定帳簿及び法定請求書等の保存を仕入税額控除の要件としているのは、課税仕入れ等に係る帳簿及び請求書等が税務職員による検査の対象となることを前提としていることからすると、仕入税額控除の適用を受けるためには、法定帳簿及び法定請求書等の保存を要する期間内に、税務職員から提示の要請が行われた場合には、それらを適時に提示することが必要となる。」

審判所の判断

審判所は、以上を前提に、「本件3課税期間についてみると、平成26年課税期間は、本件調査が開始された令和2年12月1日において、法定請求書等の保存を要しないこととなっており、同月10日に総勘定元帳が提示されているのであるから、保存要件を充足しているものと認められる」と判断しました。

請求人の平成26年課税期間の消費税等については、課税仕入れに係る支払対価の額の合計額が3万円以上の取引についても仕入税額控除が適用されるということを認めたのです。

他方、平成27年課税期間及び平成28年課税期間については、「平課税仕入れに係る支払対価の合計額が3万円以上である取引について、仕入税額控除は適用されない」としました。その理由は、次のとおりです。

  • 本件調査担当職員は、令和2年12月10日に本件3課税期間各総勘定元帳の提示を受け、これを留め置いた後、令和3年1月13日、同年2月10日及び同月22日に、本件留置帳簿等以外で保存している帳簿書類等の提示を求めているが、これに対して本件税理士は、法定請求書等の保存を要する期間内である令和3年3月3日に、請求人には本件留置帳簿等以外の資料の保存はない旨回答し、本件留置帳簿等以外の帳簿書類等の提示をしなかったことが認められる。
  • そうすると、平成27年課税期間及び平成28年課税期間については、法定請求書等の保存を要する期間において、税務職員からの提示の要請に対して適時に提示せず、法定請求書等の保存要件を充足していないものと認められ、法定請求書等を保存することができなかったことについて災害その他やむを得ない事情があったとも認められない。
  • そして、請求人は、法定帳簿を保存していたと認められるが、「本件調査担当職員は、令和2年12月10日、請求人から本件3課税期間各総勘定元帳の提示を受け、これを留め置いた。なお、当該各総勘定元帳には法定請求書等の交付を受けなかったことにつき、やむを得ない理由についての記載はなかった」という事実及び当審判所に提出された証拠資料等によっても、法定帳簿に法定請求書等の交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由についての記載があったとは認められないから、消費税法第30条第7項及び消費税法施行令第49条第1項の規定により、課税仕入れに係る支払対価の額の合計額が3万円以上である取引について仕入税額控除は認められない。

請求人の主張に対する判断

請求人は、次のとおり主張しました。

「本件3課税期間の法定請求書等は、本件調査の初日に請求人が本件調査担当職員を帳簿の保管場所に案内した際に保存があり、請求人は本件調査担当職員に対し提示しようとしたのだから、請求人は法定請求書等を確実に提示したことになる旨、及び請求人が本件調査担当職員から法定請求書等の保存の確認や提示の要請をされた事実はないことは、本件調査中の本件調査担当職員の発言の記録や本件調査担当職員が提示した本件3課税期間の修正申告書案等において仕入税額控除が適用されていたことなどからも明らかである」

これに対して、審判所は、次のとおり述べて、請求人の上記主張を認めませんでした。

しかしながら、法定請求書等を実際に保存している場合において、税務職員が法定請求書等を検査することができるときに限り、仕入税額控除の適用が認められることは上記のとおりであるところ、請求人が本件調査担当職員に対して法定請求書等を適時に提示しなかったことは上記のとおりである。

また、本件調査中の本件調査担当職員の発言や本件調査担当職員が提示した修正申告案は、法令に規定する調査結果を説明するためのものではないから、そこで仕入税額控除の適用を認めていたとしても、本件調査担当職員が法定請求書等の提示を受けていたことにはならないし、本件税理士に対して法定請求書等の保存について確認していなかったことにもならない。

また、請求人は、法定請求書等の保存をしていた証拠として平成27年分及び平成28年分の請求書及び領収書のうちの一部を審判所に提出しましたが、審判所は、「当該請求書及び領収書が本件調査時に提示されていないこと」と指摘して、これらに係る取引についても仕入税額控除の対象とはならないと判断しました。

参考:その他の争点(本件事業から生ずる収益及び資産の譲渡等の対価は、請求人に帰属するか否か。)について

審判所

イ 法令解釈
(イ)所得税法第12条は、いわゆる実質所得者課税の原則を規定しているところ、その趣旨は、担税力に応じた公平な税負担を実現するため、収益の法律上の形式的帰属者(名義人)と法律上の実質的帰属者が相違する場合、後者を収益の帰属者とするというものと解される。
 そして、事業(農業)から生ずる収益を享受する者が誰であるかは、その事業を経営していると認められる者(事業主)が誰であるかにより判定すべきであり、その事業を経営していると認められる者(事業主)が誰であるかという点は、実質所得者課税の原則を規定した所得税法第12条の趣旨に鑑み、農産物の生産及び出荷、口座の管理、必要経費の負担、事業の経理及び申告、関係者の認識等を総合勘案してその事業の経営方針の決定につき支配的影響力を有すると認められる者が当該事業の事業主に該当すると判定すべきである。
(ロ)また、消費税法第13条第1項も、法律上資産の譲渡等を行ったとみられる者が単なる名義人であって、その資産の譲渡等に係る対価を享受せず、その者以外の者がその資産の譲渡等に係る対価を享受する場合には、当該資産の譲渡等は、当該対価を享受する者が行ったものとして、同法を適用する旨規定しており、所得税法と同様の実質課税の原則を規定したものと解されるから、その事業に係る資産の譲渡等の対価を享受する者が誰であるかという点は、上記(イ)と同様に判定すべきである。


ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
(イ)本件弟の申告関係書類について
A 原処分庁は、平成25年1月28日に、開業の日が同年1月○日と記載された本件弟の個人事業の開業届出書及び平成25年分以後の各年分の所得税についての青色申告承認申請書を収受した。
B 原処分庁は、平成31年3月4日に、同年1月○日に法人を設立したことにより廃業した旨の記載がある本件弟の個人事業の廃業届出書を収受した。
(ロ)本件弟農協口座の出金等の状況等について
A 本件各年分において、別表4のとおり本件弟農協口座から現金の引出しがあり、また、別表5のとおり本件弟農協口座から本件弟信金口座への振込みがあった。
B 平成26年1月から同年12月までの期間に本件弟農協口座から毎月100万円を、また、平成27年1月から平成31年1月までの期間に本件弟農協口座から毎月150万円を現金で引出したのは、いずれも本件配偶者であった。
C 本件配偶者は、本件請求人農協口座及び本件弟農協口座から現金を引き出し、外国人技能実習生の賃金を現金で支払っていた。なお、本件各年分において毎月、外国人技能実習生の賃金台帳の作成をしていたのも本件配偶者であった。
D 本件各金員の本件弟信金口座への振込みは、平成26年1月から同年12月までは定時自動送金依頼書に基づき本件弟農協口座からの口座振替(別表5)により行われていた。また、平成27年1月から平成31年1月までは上記Bの現金の引出しと同日に本件配偶者が作成した振込依頼書により現金で本件弟信金口座に振り込まれていた。
E 本件各年分において、上記BからDまで以外の本件弟農協口座に係る本件農協の窓口での入出金や振込み等の取引に係る手続についても、本件配偶者が常に行っていた。
F 本件調査担当職員は、令和2年12月1日、本件弟の所得税等及び消費税等の調査のため本件弟の自宅に臨場し、本件弟に対し帳簿等の保存状況の確認を行ったところ、本件弟信金口座の通帳は提示されたが、本件弟農協口座の通帳は、本件弟の自宅に保管されておらず提示されなかった。
(ハ)本件小作帳の記載について
 本件小作帳には、本件弟の氏名又は名前及び金額(50,000円。ただし、平成26年分及び令和元年分については、金額の記載はない。)が記載されている年分があった。
(ニ)農業用設備について
 本件弟は、請求人が上記1(3)ロ(イ)の契約に基づいて本件法人から賃借した農業用設備(以下「本件農業用設備」という。)を使用していた。
 なお、請求人と本件法人が、本件農業用設備の賃貸借に当たり作成した平成24年12月28日付及び平成30年5月28日付の各契約書には、請求人は本件農業用設備を第三者に転貸することや取り扱わせることをしない旨及び本件農業用設備の使用は請求人の管理監督の下で請求人の責任において行うものとする旨の記載があった。
(ホ)本件出荷先法人の担当者の各申述について
 本件出荷先法人の担当者は、令和2年12月3日、本件調査担当職員に対し、要旨以下の内容の申述を行った。
A 請求人から本件出荷先法人への○○の出荷量を決める契約方法は私が担当者となった10年くらい前から変わっておらず、年に2回私が請求人の自宅に行き、その年の出荷量を決める契約を口頭で行う。契約後は、請求人から出荷準備が整った都度電話をもらい、私が出荷物とその出荷量が書かれた「送り状」を請求人の自宅にFAXで送った上で請求人の自宅まで○○を取りに行く。○○を集荷した後、私が仕切書を作成し請求人の自宅に郵送した後、請求人から指定された口座へ振込みにより代金を支払う。
B 請求人と本件出荷先法人が取引する際の名義は、10年くらい前は請求人が代表をしていた本件法人名義だったが、請求人が個人として営業するようになった平成25年から本件弟名義に変わっている。
C 本件弟と契約や出荷のやり取りを行うことはなかった。本件弟とは一度も会ったことがなく、電話で話したこともない。


ハ 請求人及び本件弟の各申述の信用性について
 請求人は、上記3(2)の「請求人」欄ロのとおり、本件事業から生ずる収益及び資産の譲渡等の対価の帰属に関し、原処分庁が処分の根拠とした請求人及び本件弟の各申述は、当人らが言った覚えがない内容であり、事実と全く異なっているなどと、各申述の存在自体を否定するとともにその信用性を争う趣旨と解される主張をしているため、以下、各申述の存否及び信用性の有無について検討する。
(イ)請求人の各申述要旨
 本件調査担当職員が作成した質問応答記録書又は調査報告書には、請求人が令和2年12月1日又は同月10日、本件調査担当職員に対し、要旨以下の内容の申述を行った旨がそれぞれ記載されている。
A 請求人の事業と本件弟との関係について
(A)元々農業は私が母から引き継ぎ、その後本件法人として私が経営していたものである。本件弟は、途中から入ってきて外国人技能実習生の指導役として私のいうとおりに畑で作業をしているだけで、私から給料として月に○○○○円をもらっていると思っているはずである。
(B)本件弟が申告した本件農協及び本件出荷先法人に出荷している野菜による収入は、私の収入になる。本件弟は元々私の仕事を手伝っており、本件弟を個人事業主にして外国人技能実習生を増やそうと思ったのがきっかけで私の収入金額を分散させた。
(C)(なぜ、収入を分散させる際に本件弟に事業を譲らなかったのかという質問に対して)本件弟に毎月○○○○円の給料を支払っている状況で事業を譲ると、損をすると考えたからである。
(D)(本件法人が経営していた農業を請求人と本件弟の名義に変えたのはいつかという質問に対して)名義を変える前の年、平成24年の年末に税務署へ開業と青色申告の届出をしたので平成25年分からである。
(E)外国人技能実習生の受入手続を、私と本件弟の2人の名義で申請することは私が1人で決めたことで、申請の手続上、私と本件弟がそれぞれ申告している必要があったので書類上はそのようにした。
B 本件農産物の出荷について
(A)私は本件農協のほかいくつかの市場に出荷しているが、そのうち本件弟の名前で出荷の登録をしていた本件出荷先法人への出荷分を本件弟の収入としている。本件弟はそれほど広い畑を持っていないし、出荷先ごとに畑を分けているわけではないので、どの畑の作物をどこに出荷するかは特に決まっていない。
(B)私の名前で出荷登録している本件農協や市場への出荷のほか、本件弟の名前で出荷登録している本件出荷先法人との取引についても出荷量を決めるのは私で、日々の連絡や出荷の手配は私が電話で行っている。
C 請求人及び本件弟の経理・申告等について
(A)私は毎年年明けに「○○○○」という会計ソフトを使って自分の売上げを入力している。売上げについては、本件請求人農協口座に入金されているもの以外はない。経費については、本件配偶者が現金出納帳に領収書などから転記している。このように計算した売上げと経費で確定申告書を作成し、提出している。
(B)私の確定申告書の基となった帳簿書類として、「○○○○」に入力した総勘定元帳をパソコンのデータで保存していた。
 現金出納帳と経費の領収書については、平成28年分以前は、書類がかさばるので、毎年、過去3年分を保存するようにして4年前の分についてはその年の確定申告が終わったら捨ててしまっていた。
(C)本件弟の確定申告書は私が作成している。経費については、外国人技能実習生に支払った給料と外国人技能実習生の管理費用以外は、全て架空の経費で、実際に支払ったものはない。
(D)私が本件弟の確定申告額を計算していた。売上げについては、本件弟農協口座に振り込まれた金額を計算して、私が金額を決めており、年間3,000万円程度になるように売上げを調整していた。
(E)本件弟農協口座の通帳も私が常に持っていて、入金や出金が必要なときは本件配偶者に頼んでしてもらっている。
(F)本件弟には、税金のことはやっておくから大丈夫と言ってあるだけで、一度も確定申告書の写しを渡したことがないし、税金の納付も毎回私が本件配偶者に頼んでしてもらっていたので、本件弟は農業でどのくらいの利益があったかについても、申告していた内容についても知らない。
(ロ)本件弟の各申述要旨
 本件調査担当職員が作成した質問応答記録書には、本件弟が令和2年12月1日、本件調査担当職員に対し、要旨以下の内容の申述を行った旨が記載されている。
A 請求人の事業と本件弟との関係について
(A)私は○歳であり、兄である請求人の下で従業員として働いている。○歳から請求人の農業を手伝うようになり、今まで同じように働いてきた。
 私は畑で○○を育てるのが仕事で、経理などのお金の管理はしていない。
 普通のサラリーマンと同じで給与をもらって生活している。
(B)給与は請求人から本件弟信金口座に振り込まれる。
 以前は月○○○○円だったが、今は月○○○○円が振り込まれる。
 金額は請求人が決め、私は金額について何か言ったりはしない。
B 本件農産物の出荷について
(A)実家の農業を手伝っていた頃に、将来に向けて母が私名義の出荷用の番号を登録したので、その登録番号を使って本件出荷先法人に出荷している。
 本件農協の登録番号なので、おそらく私名義の本件農協の口座に入金されていると思うが、請求人が私の通帳を管理しているので詳細は分からない。
(B)私名義で取引しているのは外国人技能実習生を雇うためであり、請求人が書類等を揃えてその手続をしてくれている。
C 本件弟の経理及び申告等について
(A)お金に関することは全て請求人に任せており、細かい経理や支払・管理も請求人が行っている。書類を受け取ることもないし、保存している書類や帳簿ももちろんない。
(B)確定申告関係は請求人と義理の兄に任せており、申告されている内容について説明できない。
 確定申告が済んだことは聞いていたが、それは私の会社員としての月○○○○円の給与についての申告が済んだものと思っていた。
 確定申告書の控えをもらうことがなかったので、今までどんな申告がされていたのか確認していなかった。
(ハ)本件調査時の状況について
A 本件調査担当職員は、令和2年12月1日及び同月10日、請求人に対し、通則法第74条の2の規定に基づく質問を行った。これに対し、請求人は、令和2年12月1日は、質問応答の要旨を記録した本件調査担当職員作成の質問応答記録書の内容について追記を申し出た上で問答末尾に署名するとともに、各ページの右下にそれぞれ署名し、また、同月10日は、質問応答の要旨を記録した本件調査担当職員作成の質問応答記録書の内容について訂正を申し出ることなく、問答末尾に署名するとともに、各ページの右下にそれぞれ署名した。
B 本件調査担当職員は、令和2年12月1日、本件弟に対し、通則法第74条の2の規定に基づく質問を行ったところ、本件弟は、質問応答の要旨を記録した本件調査担当職員作成の質問応答記録書の内容について訂正を申し出ることなく、問答末尾に署名するとともに、各ページの右下にそれぞれ署名した。
(ニ)申述の信用性等の検討
A 上記(ハ)Aのとおり、請求人は、各質問応答記録書の内容について、令和2年12月1日は追記を申し出て記載内容を一部補完し、同月10日は訂正を申し出ることなく、問答末尾に署名するとともに、各ページの右下にそれぞれ署名している。また、上記(ハ)Bのとおり、本件弟は、質問応答記録書の内容について、訂正を申し出ることなく、問答末尾に署名するとともに、各ページの右下にそれぞれ署名している。さらに、これらの署名が強制されたものであるなどの事情も認められない。これらのことからすれば、請求人及び本件弟は、本件調査において各質問応答記録書に記載された各申述をしたものと認められる。そして、請求人の申述が記載されている各調査報告書についても、本件調査担当職員が故意に虚偽の報告書を作成したというような事情は認められない。
B そして、上記(イ)の請求人の各申述は、請求人の事業と本件弟との関係、本件農産物の出荷並びに経理及び申告の状況に関して、いずれも詳細かつ具体的で不自然な点がない上、上記(ロ)の本件弟の各申述と主要な点において整合しており、相互に信用性を補完し合っている。加えて、請求人が平成24年12月28日に個人事業の開業届出書及び所得税の青色申告承認申請書を原処分庁に提出したこと(上記1(3)イ(ロ))、原処分庁に提出された本件弟の個人事業の開業届出書において開業日が平成25年1月○日と記載されていたこと(上記ロ(イ)A)及び本件弟農協口座に係る窓口での入出金は本件配偶者が常に行っていたこと(上記ロ(ロ)E)などの客観的事実とも整合している。そして、本件農産物の出荷に関しては、上記ロ(ホ)の本件出荷先法人の担当者の各申述とも整合しており、相互に信用性を補完し合っている。
 また、本件弟には、請求人の事業や経理・申告等に関し請求人にとって不利益な虚偽の事実をあえて述べる動機は見当たらないところ、上記(ロ)の本件弟の各申述は具体的かつ詳細であり、さらに、請求人の各申述とも整合するほか、本件弟信金口座に本件各金員が毎月振り込まれていたこと(上記1(3)ハ(ハ))や、本件弟農協口座について本件農協の窓口での取引に係る手続を本件配偶者が常に行っており、本件調査担当職員が臨場した際、本件弟農協口座の通帳が本件弟の自宅に保管されていなかったこと(上記ロ(ロ)BからFまで)などの客観的事実とも整合している。
C 一方、請求人は上記(イ)及び(ロ)の各申述について、上記3(2)の「請求人」欄ロのとおり、請求人及び本件弟は本件調査担当職員が一方的に作成した書類に署名させられた旨主張するところ、各質問応答記録書については、上記Aのとおり、請求人及び本件弟は内容を確認した上で署名しており、本件調査担当職員が一方的に作成した書類であるとはいえない。
D また、請求人は、上記3(2)の「請求人」欄ロのとおり、調査報告書に記載された法定請求書等を捨ててしまった旨の請求人の申述(上記(イ)C(B))は、請求人が法定請求書等の保存をしていた事実と明確に異なっているから、原処分庁が作成した調査報告書には信用性がなく、でたらめな内容で勝手に作成されたものである旨主張し、法定請求書等の保存をしていた証拠として平成26年分から平成28年分までの請求書及び領収書のうちの一部を当審判所に提出した。
 しかしながら、上記(イ)C(B)の請求人の申述は、現金出納帳と経費の領収書について確定申告が終わったら廃棄していた旨は述べられているものの、請求書を廃棄したとは述べられていない。また、領収書を廃棄した具体的な時期や範囲については触れられておらず、平成26年分から平成28年分までの領収書について,申述した時点で全てを廃棄していたことが明確に述べられているとは認められない。
 したがって、当該申述は、平成26年分から平成28年分の請求書及び領収書のうちの一部が当審判所に提出されたことと矛盾するものではなく、事実と明確に異なっているとはいえない。 
 そして、各調査報告書に記載された請求人の各申述は、本件弟の各申述や客観的事実と整合するものであることは上記Bのとおりであり、各調査報告書がでたらめな内容で勝手に作成されたものであるとはいえない。
E 以上の検討からすれば、請求人がその信用性を争う上記(イ)及び(ロ)の各申述は、いずれも請求人及び本件弟によって実際にされたものであることを否定する事情は認められず、客観的事実と整合し、詳細かつ具体的で不自然な点がなく、相互に補完し合っていることなどに照らすと、いずれも信用することができるから、各申述の信用性に関する請求人の主張は採用することはできない。


ニ 検討
(イ)本件農産物の生産及び出荷
A 請求人の上記ハ(イ)A及びBの各申述、本件弟の上記ハ(ロ)A及びBの各申述並びに上記ロ(ニ)の本件農業用設備の契約の内容及び使用の状況から、本件弟は、請求人の指示の下で請求人が本件法人から賃借した本件農業用設備を使用し、農作業及び外国人技能実習生の指導を行っていたことが認められる。
 また、上記ロ(ハ)の本件小作帳の記載や、請求人の上記ハ(イ)Bの各申述から、請求人は本件弟が所有する畑についても、請求人の事業に係る農産物を生産するために使用していたことが認められる。
B 上記ロ(ホ)の本件出荷先法人の担当者の各申述について、請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イ(ロ)のとおり、本件調査担当職員が作ったストーリーに沿った質問に対する回答であり、信用性がない旨主張するが、当該各申述は、第三者による具体的な内容の申述であって、上記ハ(ニ)Bのとおり請求人の各申述と相互に信用性を補完し合っており、信用性の高いものと認められる。そして、当該各申述及び請求人の上記ハ(イ)B(B)の申述によると、本件出荷先法人との取引に係る連絡や出荷の手配は請求人が行っており、本件出荷先法人への出荷量は請求人が決定していたと認められる。
 また、請求人の上記ハ(イ)A(B)の申述によると、本件弟名義で本件農協に出荷した農産物による収入についても本件出荷先法人に出荷したものと同様に請求人の収入であると認識していると認められるから、本件農協に対する農産物の出荷も本件出荷先法人に対する出荷と同様の状況であったと認められる。
C これらのことからすると、本件農産物は、請求人又は本件法人の名義で出荷された農産物と同様に、請求人が本件弟の労働力及び請求人が営む事業で利用する畑を使用することにより生産されたものであり、その出荷も全て請求人の意思決定により行われたものと認められる。
(ロ)本件弟農協口座の管理
 上記1(3)ハ(ロ)のとおり、本件弟農協口座は本件農産物の販売代金の入金先であるところ、上記ロ(ホ)A及びBの本件出荷先法人の担当者の各申述によれば、本件農産物の販売代金の入金先として本件弟農協口座を指定したのは請求人であること、上記ロ(ロ)BからEまでの各事実及び請求人の上記ハ(イ)C(E)の申述によれば、本件弟農協口座の窓口での入出金や振込みの手続は全て請求人の指示の下で本件配偶者が行っていることがそれぞれ認められる。また、上記ロ(ロ)Fのとおり、本件弟の実地の調査において本件調査担当職員が本件弟に帳簿等の保存状況の確認を行った際に本件弟農協口座の通帳が本件弟の自宅に保管されていなかったことや、請求人の上記ハ(イ)C(E)の申述及び本件弟の上記ハ(ロ)B(A)の申述からすると、請求人が本件弟農協口座の通帳を保管していると認められる。その他、別表4の現金の引出し状況においても、本件弟が私的に現金を引き出していたような形跡も見当たらないことからすると、本件弟が本件弟農協口座にある金員を自由に使える状態にあったとはいえない。
 したがって、これらの事情を勘案すれば、本件弟農協口座の管理は請求人が行っていたと認められる。
(ハ)本件事業の必要経費の負担
 請求人の上記ハ(イ)C(C)の申述及び本件弟の上記ハ(ロ)Cの各申述によれば、本件弟は本件事業における経理などの金銭の管理や確定申告を請求人に任せており、本件弟の確定申告における経費のうち外国人技能実習生の給料と管理費用以外は全て架空で実際に支払ったものはなかったと認められる。また、別表4のとおり、本件各年分のうち、上記ロ(イ)Bで本件弟が個人事業を廃業したとの届出がされた令和元年分を除いては、毎年12月に本件弟農協口座から上記ロ(ロ)Bのほかにも現金の引出しがあり、「コメント」欄には「支払い代」、「小作代」、「購買代金」又は取引先の名称などの記載があるものの、本件弟が負担すべき費用を具体的に算定したことを示す証拠はなく、本件弟農協口座から引き出された現金が実際に請求人との間で本件事業の必要経費の精算に使われたことを示す証拠もない。
 したがって、本件弟が本件事業の必要経費を明確に区分して負担していたとは認められない。
(ニ)本件事業の経理及び申告
 上記(ロ)のとおり、本件弟農協口座の窓口での入出金や振込みの手続は請求人の指示の下で本件配偶者が行っており、上記ロ(ロ)Cのとおり、外国人技能実習生の賃金台帳の作成や賃金の支払事務についても本件配偶者が行っていることからすると、本件事業の経理は、本件配偶者を通して請求人が行っていると認められる。
 そして、上記(ロ)のとおり、本件農産物の販売代金が入金される本件弟農協口座は請求人が管理していることに加え、請求人の上記ハ(イ)C(C)及び(D)並びに本件弟の上記ハ(ロ)Cの各申述からすれば、本件弟の確定申告書及び青色申告決算書の作成は、本件弟農協口座への入金額を基に請求人が行っていると認められる。
(ホ)関係者の認識
 上記ロ(ホ)の各申述によれば、本件農産物の出荷先である本件出荷先法人の担当者は、本件農産物についての取引は請求人との取引であると認識していたことが認められる。
(ヘ)小括
 上記(イ)から(ホ)までの事実を総合的に勘案すると、請求人は、請求人が営むとする農業のみならず、本件事業も含めて一体的に運営し、本件事業における経営方針の決定等について支配的影響力を有する者であると認められるから、本件事業から生ずる収益及び資産の譲渡等の対価は、請求人に帰属すると認めるのが相当である。


ホ 請求人の主張について
(イ)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イのとおり、請求人と本件弟は互いに農地を出資し共同事業によって農業経営を行ってきた旨や、経営に当たっての意思決定には互いが関与し、農地の持分割合を基本に収入の約2割を本件弟に分配することで合意している旨主張し、合意の証拠として平成21年1月1日という日付が書かれた書面を当審判所に提出した。
 当該書面には、請求人及び本件弟の住所氏名が記載され印鑑が押されており、収入の約2割を本件弟とする旨及び仕事ができなくなったら老後の資金を用意しておく旨が記載されている。
 しかしながら、仮に、当該合意が平成21年当時からあったというのであれば、このような重要な合意の存在を、本件調査の段階で請求人及び本件弟がこれに沿う申述を一切することなく、審査請求の段階で初めて明らかにすること自体が極めて不自然であるということに加え、当審判所の調査によっても、本件各年分において請求人と本件弟との間で当該合意に基づく収益の分配が実際に行われていたことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。
 また、上記ニ(ハ)及び(ヘ)のとおり、本件弟が本件事業の必要経費を明確に区分して負担していたとは認められず、本件事業における経営方針の決定等についても、請求人が支配的影響力を有していたと認められる。
 これらのことからすると、当該書面の存在をもって、請求人と本件弟が共同事業を行っているとは認められず、当該書面は、本件の判断に影響を与えるものではないから、請求人の主張には理由がない。
(ロ)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イ(イ)のとおり、本件弟は、農作業に関して請求人より詳しく、請求人が本件弟に指示を出すことはない旨及び農業委員会が発行した耕作証明書が示すように、本件弟は畑を所有して事業を行っている旨主張する。
 しかしながら、本件弟が農作業に関して請求人より詳しいかどうかは、請求人が本件事業に係る支配的影響力を有するとの判断を左右するものではない。
 また、事業から生ずる収益の帰属は、上記イ(イ)のとおり、法律上の形式的帰属者(名義人)ではなく、その事業を経営していると認められる者が誰であるかにより判定することとなるところ、上記ニ(ヘ)のとおり本件事業を経営していると認められる者は請求人であるから、請求人の主張には理由がない。
(ハ)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イ(ロ)のとおり、本件農産物は本件弟が出荷の手配を行っており、出荷量を自分の判断で決めていると主張するが、当該主張は上記ロ(ホ)の本件出荷先法人の担当者の各申述と相違するものである。そして、本件農産物の出荷量は請求人が決定していたと認められることは上記ニ(イ)Bのとおりであるから、請求人の主張には理由がない。
(ニ)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イ(ハ)のとおり、本件弟農協口座は本件弟が代表者を務めていた法人の普通預金を解約した資金を原資として開設したものであり、本件弟の貯金である旨主張するが、上記ニで検討するに当たり総合勘案したのは本件農産物の販売代金が入金された本件弟農協口座の管理についてであり、当該口座を開設した原資が何であるかは当該口座を請求人が管理していた旨の判断を左右するものではないから、請求人の主張には理由がない。
(ホ)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イ(ニ)のとおり、請求人は本件弟との間で労力の過不足を金銭、物品で精算したことや農業用機械を貸した代わりに手間で返したこともあった旨及び請求人が支払う種苗代や購買代の負担金を本件弟から年末に出してもらっていた旨主張する。
 しかしながら、請求人が主張するところの労力の過不足及び種苗代や購買代の精算が行われていたことを裏付ける客観的な証拠は見当たらないから、請求人が主張する事実を認めることはできない。したがって、請求人の主張には理由がない。
(ヘ)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イ(ニ)及び(ホ)のとおり、請求人が本件事業の必要経費を負担していた事実はないという主張及び外国人技能実習生をより多く雇用するための外形を作り出したという原処分庁の主張への反論として、外国人技能実習生は本件弟が自分の畑の農作業をさせるために雇っているものであると主張する。
 しかしながら、本件弟の名義で外国人技能実習生が雇用されていたのは上記1(3)ハ(ニ)のとおりではあるが、請求人の上記ハ(イ)A(E)の申述からすれば、本件弟の名前で外国人技能実習生を受入れることを決めたのは請求人であると認められ、さらに、上記ニ(イ)Aのとおり外国人技能実習生は本件弟の指導を受けて請求人の農作業を行っているのであるから、請求人の主張には理由がない。
(ト)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イ(ヘ)のとおり、本件弟農協口座から引き出された現金4,000万円を請求人が本件車両を購入する資金に充てたという原処分庁の主張に係る証拠は、本件調査が終了した後に行われた違法な調査により収集されたもので、採用するべきではない旨主張する。
 しかしながら、本件事業から生ずる収益及び資産の譲渡等の対価は、請求人に帰属すると認めるのが相当であるという判断は、上記ニ(イ)から(ホ)までの事実を総合勘案したものであり、当該証拠によるものではない。よって、請求人の主張は当該判断を左右するものではないから、請求人の主張には理由がない。
(チ)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄イ(ト)のとおり、取引先は本件事業の経営者が誰であるかを知ることはできないから取引先の申述は根拠として不十分である旨主張するが、上記ニで行った判断は、取引先の申述のみならず、本件事業の経営に関する事実を総合的に勘案して行ったものであるから、請求人の主張には理由がない。
(リ)請求人は、上記3(2)の「請求人」欄ロのとおり、本件調査担当職員は本件調査で把握した事実関係や各取引先に係る調査の内容について請求人に反論する機会を与えず、上記1(4)ホの各処分はずさんな調査に基づき行われたものである旨主張する。
 しかしながら、課税処分を行うに当たり課税庁が行った調査について納税者に反論する機会を与えなければならない旨の法令の規定はなく、本件調査担当職員が本件調査で把握した事実関係等について、仮に、請求人に反論の機会を与えなかったとしても、それをもって本件調査がずさんであるということもできない。また、上記ハ及びニのとおり、信用性が認められる申述その他証拠資料等に基づき、本件事業から生ずる収益及び資産の譲渡等の対価が請求人に帰属する旨判断したものであるから、請求人の主張には理由がない。

参考:その他の争点(本件各金員は、請求人から本件弟に対して支給された給与等に該当するか否か。)について

イ 法令解釈
 所得税法第28条第1項は、給与所得とは、給与等(俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与)に係る所得をいう旨規定しているところ、ここでいう給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものと解される。


ロ 検討
 上記(3)ニ(ヘ)のとおり、請求人は、請求人が営むとする農業のみならず、本件事業も含めて一体的に運営し、本件事業における経営方針の決定等について支配的影響力を有する者であることからすれば、本件弟は、農業経営の方針の決定につき支配的影響力を有しておらず、請求人の指揮命令の下にあったと認められるところ、上記(3)ニ(イ)Aのとおり、本件弟は、請求人の指示の下で、農作業及び外国人技能実習生の指導に継続して従事していたと認められる。
 また、上記(3)ロ(ロ)Dのとおり、本件各金員は本件事業に係る販売代金の入金先である本件弟農協口座からの口座振替又は本件弟農協口座から引き出した現金により本件弟信金口座へ振り込まれていたところ、上記(3)のとおり、本件事業から生ずる収益は請求人に帰属することから、本件弟は、本件事業から生ずる収益を原資として請求人から本件各金員の支払を受けていたと認められる。
 そして、当審判所の調査の結果によれば、本件各金員が支払われていた平成26年1月から平成31年1月までの期間のうち、毎年7月から10月までは本件弟農協口座への本件事業に係る販売金額の入金がなかったと認められ、このような入金額の変動があったにもかかわらず、本件各金員の本件弟信金口座への振込みは、毎月定額であった。
 上記に加え、上記(3)ハ(イ)A(C)の請求人の申述及び上記(3)ハ(ロ)A(B)の本件弟の申述も考慮すれば、本件各金員は、請求人の事業において、本件弟が雇用契約又はこれに類する原因に基づき請求人の指揮命令の下で農作業及び外国人技能実習生の指導に従事した労務の対価として、請求人から本件弟に支払われたものとみるのが相当である。


 したがって、本件各金員は、請求人から本件弟に対して支給された給与等に該当すると認められる。
ハ 請求人の主張について
 請求人は、上記3(3)の「請求人」欄のとおり、本件各金員の振込みは、本件弟が本件弟農協口座から本件弟信金口座に資金を移動しているだけであり、請求人と本件弟との間には雇用契約等はなく、本件弟は請求人から指揮命令や時間的拘束を受けておらず、社会保険等の被保険者にもなっていない旨主張する。
 しかしながら、上記(3)ニ(ロ)のとおり、本件弟農協口座は請求人が管理していたものであるから、上記1(3)ハ(ハ)の本件各金員の振込みが単なる資金移動であるとは認められない。また、本件弟が雇用契約又はこれに類する原因に基づき請求人の指揮命令の下にあったことは上記ロのとおりであり、社会保険等の被保険者になっていないことは上記判断を左右するものではないから、請求人の主張には理由がない。

参考:その他の争点(請求人に、通則法第68条第1項及び同条第3項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったか否か。)について


イ 法令解釈
 通則法第68条第1項及び同条第3項に規定する事実の「隠蔽」とは、国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実について、これを隠蔽しあるいは故意に脱漏することをいい、また、事実の「仮装」とは、所得、財産あるいは取引上の名義等に関し、あたかも、それが真実であるかのように装う等、故意に事実をわい曲することをいうものと解される。


ロ 認定事実
 原処分関係資料によれば、本件各年分の請求人の各総勘定元帳には、本件事業に係る収益に関する記載はなく、また、本件各金員の支払に関する記載もなかったと認められる。
ハ 検討
(イ)所得税等及び消費税等について
 上記(3)のとおり、本件事業から生ずる収益及び資産の譲渡等の対価は請求人に帰属するところ、請求人は本件農産物を本件弟名義で出荷し、その販売代金を請求人が管理している本件弟農協口座に入金させたと認められる。そして、請求人はその状況を利用し、当該収益を本件弟の収益であるとして本件弟の確定申告書及び青色申告決算書を作成するなどして、あたかも、本件事業に係る収益が本件弟に帰属するかのように装うとともに、上記ロのとおり、当該収益につき請求人の総勘定元帳に一切記載せず、本件事業から生ずる収益及び対価の享受に係る事実を隠蔽し、又は仮装したところに基づき、請求人の本件各年分の所得税等及び本件各課税期間の消費税等の確定申告書並びに青色申告決算書を作成し、提出したものと認められる。
 そうすると、このような請求人の一連の行為が通則法第68条第1項に規定する事実の隠蔽又は仮装に該当することは明らかであるから、請求人に、同項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認められる。
(ロ)源泉所得税等について
 上記(4)のとおり、請求人は本件各金員を本件弟に対する給与等として支給していたところ、請求人は、請求人の指揮命令の下で農作業及び外国人技能実習生の指導に従事した本件弟に対し、労務の対価として本件各金員を支払っていたにもかかわらず、上記ロのとおり、本件各年分の請求人の各総勘定元帳には本件各金員の支払に関する記載はなかった。このことからすると、請求人は本件弟に対して給与等を支給した事実について本件各年分の各総勘定元帳に一切記載しないことで、あたかも、本件事業に係る収益が本件弟に帰属し、請求人が給与等の支払者でないかのように装い、これに基づいて源泉所得税等を法定納期限までに納付しなかったものと認められる。
 そうすると、このような請求人の一連の行為が通則法第68条第3項に規定する事実の隠蔽又は仮装に該当することは明らかであるから、請求人に、同項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認められる。
(ハ)以上のとおり、請求人には、通則法第68条第1項及び同条第3項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認められる。
ニ 請求人の主張について
 請求人は、上記3(4)の「請求人」欄のとおり、本件事業から生ずる収益及び資産の譲渡等の対価は本件弟に帰属し、本件各金員は請求人から本件弟に対して支給された給与等に該当しないのであるから、「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実はない旨主張する。
 しかしながら、請求人に通則法第68条第1項及び同条第3項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったことは、上記ハのとおりであるから、請求人の主張には理由がない。