パチンコ平和事件において、個人であるX(原告・控訴人・被上告人)は、その大半の出資持分を有する有限会社に無利息で金銭を貸し付けたところ、課税庁から所得税法(平成13年法律第6号による改正前のもの)157条の規定を適用され、利息相当分の雑所得があるとして平成元年分から同3年分までの所得税の増額更正処分と過少申告加算税賦課決定処分を受けました。これに対してXは、利息相当分が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて国税通則法65条4項にいう正当な理由があるなどと主張して、上記各賦課決定の取消しを求めました。
最判平成16年7月20日集民214号1071頁は、次のとおり判示して、本件貸付けに本件規定を適用したことに違法はないが、前職及び現職の東京国税局税務相談室長が編集した「昭和58年版・税務相談事例集」、東京国税局直税部長が監修し,同局法人税課長が編集した「回答事例による法人税質疑応答集」の記載などに着目し、得べかりし利息相当分が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて国税通則法65条4項にいう正当な理由があると判断した原審を破棄しました。
「本件規定は、同族会社において、これを支配する株主又は社員の所得税の負担を不当に減少させるような行為又は計算が行われやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持するため、株主又は社員の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に、これを正常な行為又は計算に引き直して当該株主又は社員に係る所得税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものである。このような規定の趣旨、内容からすれば、株主又は社員から同族会社に対する金銭の無利息貸付けに本件規定の適用があるかどうかについては、当該貸付けの目的、金額、期間等の融資条件、無利息としたことの理由等を踏まえた個別、具体的な事案に即した検討を要するものというべきである。そして、前記事実関係等によれば、本件貸付けは、3455億円を超える多額の金員を無利息、無期限、無担保で貸し付けるものであり、被上告人がその経営責任を果たすためにこれを実行したなどの事情も認め難いのであるから、不合理、不自然な経済的活動であるというほかはないのであって、税務に携わる者としては、本件規定の適用の有無については、上記の見地を踏まえた十分な検討をすべきであったといわなければならない。
他方、本件各解説書は、その体裁等からすれば、税務に携わる者においてその記述に税務当局の見解が反映されていると受け取られても仕方がない面がある。しかしながら、その内容は、代表者個人から会社に対する運転資金の無利息貸付け一般について別段の定めのあるものを除きという留保を付した上で、又は業績悪化のため資金繰りに窮した会社のために代表者個人が運転資金500万円を無利息で貸し付けたという設例について、いずれも、代表者個人に所得税法36条1項にいう収入すべき金額がない旨を解説するものであって、代表者の経営責任の観点から当該無利息貸付けに社会的、経済的に相当な理由があることを前提とする記述であるということができるから、不合理、不自然な経済的活動として本件規定の適用が肯定される本件貸付けとは事案を異にするというべきである。そして、当時の裁判例等に照らせば、被上告人の顧問税理士等の税務担当者においても、本件貸付けに本件規定が適用される可能性があることを疑ってしかるべきであったということができる。
そうすると、前記利息相当分が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて国税通則法65条4項にいう正当な理由があったとは認めることができない。
以上によれば、本件各決定は適法であり、原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中本件各決定に関する部分は破棄を免れない。そして、同部分について請求を棄却した第1審判決は正当であるから、同部分に対する被上告人の控訴を棄却すべきである。」
最近では、国税不服審判所裁決令和6年5月10日と令和6年6月10日が、個人から法人に対する無利息融資に対して、所得税法157条(同族会社等の行為又は計算の否認等)の適用を認めた裁決(国税不服審判所裁決令和6年5月10日・令和6年6月10日)があります(国税不服審判所裁決要旨検索システムより)。
国税不服審判所裁決令和6年5月10日(令6. 5.15 大裁(所)令5-47)
承継前請求人らは、同族会社に対して行っていた低利息貸付け(本件貸付け)について、貸付金の原資は自己資金であり、定期預金利息相当の利息を得ていることから、本件貸付けは経済的合理性を有する取引であり、所得税法第157条《同族会社等の行為又は計算の否認等》第1項柱書(本件規定)は適用されない旨主張する。しかしながら、本件貸付けは、承継前請求人らの自己資金を貸し付けたものではあるものの、承継前請求人らと同族会社との間の特殊な関係に基づき、多額の金員を弁済期限を定めず、物的担保及び人的担保も付さずに著しく低利率で貸し付けたものであり、経済的合理性を有する取引であるとは認められない。また、本件貸付けにより承継前請求人らが通常得られるであろう利息相当額も抑制されていることからすると、承継前請求人らの所得税負担も不当に減少させる結果となっていることは明らかである。したがって、本件規定に基づき、本件貸付けについて、日本銀行が公表する新規かつ長期貸出しの約定平均金利を用いて承継前請求人らが得られたであろう利息相当額を再計算した原処分は適法である。
国税不服審判所裁決令和6年6月10日(令6. 6.10 東裁(所)令5-120)
請求人は、所得税法(令和3年法律第11号による改正前のもの)第157条《同族会社等の行為又は計算の否認等》第1項の規定は、貸付けが無利息でされることで課税上の弊害があり、経済活動として不合理、不自然な貸付取引である場合に適用されるものであることから、請求人の同族会社(本件法人)に対する無利息貸付け(本件無利息貸付け)は同項に規定する所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものに該当しない旨主張する。しかしながら、同項に規定する所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものとは、同族会社等の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、所得税の負担を減少させる結果となるものをいうと解するのが相当であり、株主等から同族会社等に対する金銭の無利息貸付けが経済的合理性を欠くものであるかどうかについては、当該貸付けの目的、金額、期間等の融資条件、無利息としたことの理由等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきであるところ、本件無利息貸付けは、本件法人に需要が生じた資金を融資するなどの目的で行われたものであり、総額で多額に及ぶ金銭を無利息、無期限、無担保で貸し付けるものであることから、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、所得税の負担を減少させる結果となるものとして、同項に規定する所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものに該当する。